公開日 2013年03月21日
更新日 2025年05月20日
木島平村にある根塚遺跡からは、弥生時代の鉄剣が3振出土しています。
1号鉄剣(鹿角装鉄剣)と2号鉄剣(渦巻文装飾付鉄剣)は、平成8年度の発掘調査によって発見されました。共伴する土器(箱清水式土器)から2世紀後半のものと考えられます。1号鉄剣は56.3センチ、2号鉄剣は74.5センチあり、特に2号剣は柄に3つの渦巻飾りがあります。その独特な形状は現在のところ類例がなく、同時代では唯一の資料となります。
渦巻文のルーツと鉄の成分分析から韓半島南部の産と考えられていますが、韓半島の渦巻文(蕨状)装飾付鉄器に見られる規格性と一致しない点が多く、舶載品か国産品かで説がわかれています。ただし、当時の日本列島でこれほどの鉄器を鍛造できた工房は見つかっていないため、舶載品と考える方が妥当と思われます。
また、根塚遺跡からはもう1振鉄剣が出土しており、3号鉄剣と呼ばれています。こちらは根塚遺跡の円形墳丘墓主体部から発見され、長さは47.4センチあり、形態は1号と同じく鹿角装鉄剣だと考えられます。この主体部は木棺墓で、鉄剣の他に碧玉と鉄石英を原料にした極細管玉と、海外からもたらされたガラス小玉(インドパシフィックビーズ)が多数副葬されていました。
1~3号鉄剣の産地である韓半島南部は、弥生時代の後期後半、製鉄のコンビナートとして隆盛していました。弁韓・辰韓・馬韓という国々が存在し、「三韓時代」、「原三国時代」という名称で呼ばれています。この国々はやがて加耶・新羅・百済に成長し、古墳時代に併行する「三国時代」を迎えます。
令和に入り、根塚遺跡は再整理調査され、新たに「三韓瓦質土器」が出土していたことが判明しました。「三韓時代」の韓半島産の土器で、日本では北部九州地域に分布し、古墳時代初頭になってようやく近畿に出現する土器でした。それが弥生時代後期後半の時代に、かつ東日本の内陸部から発見されたことは、大きなニュースとなりました。
いままで後進的なイメージがついていた東日本の弥生時代ですが、日本海沿岸における鉄やガラスの流通から、独自の発展を遂げていることがわかってきました。根塚遺跡はその集大成ともいえる内容をもっており、今後も弥生時代研究において欠かせない遺跡となっていくことでしょう。
住所 | 往郷914-6 |
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村指定番号 | 47 |
指定年月日 | 平成10年4月16日 |